2006年4月21日 (金)

自然失業率の成長循環仮説

アカロフ・中谷巌命題(=長期的にも(あるレンジの範囲内であれば)インフレと失業率のトレードオフ(=右下がりのフィリップスカーブ)が存在する)について田中先生より頂戴しました貴重なコメントを改めてエントリーさせていただきます(二度目になりますか)。以下田中先生コメント(に少しばかり編集を加えたもの)。

アカロフ・中谷巌命題をかりにフォーマルなモデルにするにはどうすればいいかちょっとあくまでもネタ的に考えてみたんだけど、彼らの発想を自然失業率の「成長循環」と考えるのはどうかな、と思ってるのよ。特に中谷巌モデルのミクロ的基礎づけとして考えていくといいわけで、彼の『マクロ経済学入門』の当該箇所(経済セミナーの方は未見)の自然失業率が金融政策に影響されますよ、という図表をみると自然失業率事態が一種の循環図みたいに描かれている。ネタとして追求していくので、例えばこの図はすぐにピピピとヒックシアン的に『景気循環論』の図に近いものを感じるし、よりストレートには捕食者・被捕食者(労働者と資本家)の成長循環論を描いたグッドウィンのモデルの循環図を想起させない? グッドウィンの成長循環モデルの基本構造を理解して、アカロフ・中谷巌命題をそこにリロードしていくという方向で考えてみると面白いかも。自然失業率の成長循環仮説というのはどうかな。ヨーロッパのいくつかの国に適合するし(ブランシャールの最近のヨーロッパの雇用問題論文参照http://www.arts.cornell.edu/econ/seminars/blanchard.pap.pdf 簡略版;http://econ-www.mit.edu/faculty/download_pdf.php?id=932)。

グッドウィンの成長循環モデルは

A Growth Cycle, 1967, in Feinstein, editor, Socialism, Capitalism and Economic Growth

翻訳があったはず(これ(『非線形経済動学』)だと思われます。未確認ですけど(編集者))。簡単な解説は下。

http://cepa.newschool.edu/~het/essays/multacc/goodw2.htm                       

*直接関係ないかどうか全然考えてないけれども成長循環的モデルとしては清滝・ムーアモデルなんかも同じ構造。『現代の経済理論』を参照。

ここらへんまでは真の師匠のところでアイディアだけは用意してたけど先にいかなかったなあ。見込みある方向かどうかわからないけれどもネタなんで暴走。笑

捕食者・被捕食者モデルの原型はLotka-Volterra モデルだからこれの数学的な構造を理解するには、僕は『力学系入門』を使いました。もちろんこれにアカロフ・中谷巌命題をリロードしようなんて発想は当時はなかったわけで。公平賃金仮説というか高田保馬の勢力理論の基礎をどうするかの延長で考えていただけでして。

あとそんなにいい本じゃないけどチープなりに初期のこの手の景気循環論のサーベイとしては、マリーノーの『ケインズ以後の景気循環論』がいいっす。

なんとかミクロ的基礎がある自然失業率の成長循環仮説をモデル化できないかなあ。いま書き下ろし(しかも一ヶ月で書く!)を抱えているのであまり余裕がないのでよろすく!

最後の一文が一体何を意味しているのかは皆目見当がつきませんけれども(笑 ・・・・、田中先生誠にありがとうございましたm()m。

新しく「アカロフ・中谷命題」なるカテゴリー(「自然失業率の成長循環仮説」や「アカロフ・中谷・グッドウィン・ヒックス命題」としたいところですが長すぎますので)を設けましたけれども、あくまでもネタ(笑)なんで今後進展があるかもしれないし、これが最後のエントリーになるかもしれません。ひとまずマリーノー本(手配済み)読んでグッドウィンの成長循環モデルの枠組みでも概観しとこうかと(グッドウィン本ももちろん読みますが)。浅田統一郎先生の本も読んで勉強しようかな。あくまでネタですからね、ネタ・・・。

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公平賃金仮説をたずねて ~その2~

George A. Akerlof, William T. Dickens, and George L. Perry、“Low Inflation or No Inflation: Should the Federal Reserve Pursue Complete Price Stability?”(August 1996;The Brookings Institutions HPより)。公平賃金仮説かつアカロフ・中谷巌命題(田中先生命名)巡りの一環として読んでみました。

自然失業率はユニークなものでもコンスタントなものでもなく、インフレ率に依存して複数の自然失業率が存在するかもしれない。自然失業率はrealな条件ばかりではなく、nominalな条件(インフレ率)にも影響を受けるかもしれない(ちょっと違った観点から同様の点を論じたものとして以下も参照のこと。 “Near Rational Wage and Price Setting and the Long Run Phillips”。全文は確かアカロフのHPで読めたはず。あった。“Near-Rational Wage and Price Setting and the Optimal Rates of Inflation and Unemployment(pdf)”。公平賃金仮説文献目録に掲げてるじゃないの。本当に忘れっぽいの~)。デフレ、そしてゼロインフレ(ないしはあまりにも低いインフレ率)は名目賃金の下方硬直性が足かせとなることによって失業率の高止まり(自然失業率の上昇)を結果することになるであろう。“物価安定”を追求するうえでは、ゼロインフレではなく(もちろんデフレであろうはずもなく)緩やかな(ゼロ%よりも高い)インフレ率を目標とすべきである。

The reason that zero inflation creates such large costs to the economy is that firms are reluctant to cut wages. In both good times and bad, some firms and industries do better than others. Wages need to adjust to accommodate these differences in economic fortunes. In times of moderate inflation and productivity growth, relative wages can easily adjust. The unlucky firms can raise the wages they pay by less than the average, while the lucky firms can give above-average increases. However, if productivity growth is low (as it has been since the early 1970s in the United States) and there is no inflation, firms that need to cut their relative wages can do so only by cutting the money wages of their employees.

相対的な(他企業と比較しての)実質賃金の調整を行ううえでゼロインフレは大きな困難を伴う。名目賃金が下方硬直的であるために実質賃金を引き下げようがないからである。インフレ率がプラスの範囲で推移していれば、名目賃金を据え置くことで(また物価上昇率以下に名目賃金の上昇率を抑えることによっても)実質賃金の引き下げを実現できる。この時名目賃金の下方硬直性は問題にならない。しかしながら、ゼロインフレ下において実質賃金を引き下げるためには名目賃金を引き下げざるを得ない。が、名目賃金を引き下げることは叶わぬ相談である。ゼロインフレは名目賃金の下方硬直性とぶつかることで実質賃金の高止まりを放置し(デフレ下では名目賃金の据え置きは実質賃金を上昇させ続けることになる)、その結果として雇用の抑制そして失業率の高止まり(自然失業率の上昇)を導く格好となってしまう。

ところで何故名目賃金は下方硬直的なのか?

Employers almost never cut their employees' wages because they fear that doing so would cause serious morale and staff retention problems. Studies of popular sentiment suggest why. Most people consider it unfair for a firm to cut wages, except in extreme circumstances. On the other hand, most do not consider it unfair if a firm fails to raise wages in the face of high inflation.

名目賃金のカットは従業員によって不公平(unfair)だとみなされ、その結果serious morale and staff retention problemsを引き起こすために、雇用者は例外的な状況を除いては名目賃金を引き下げようとはしない。ただし、すべての賃金引き下げが不公平だとみなされるわけではない。名目賃金上昇率がインフレ率以下であるために実質賃金が下落したとしても、(不公平感からくる)従業員のモラルの低下や離職行動を惹起するわけではないのである(←名目賃金をカットしないでもいいから)。公平観念(fair)は名目賃金を下方硬直的にするけれども、実質賃金までをも下方硬直的にするわけではない。ゼロインフレ(+デフレ)の問題は名目賃金・実質賃金を双方ともに下方硬直的にすることにある。

Zero inflation is far from costless, even in the long run. The fortunes of firms continually change, and inflation greases the economy's wheels by allowing these firms to slowly escape from paying real wages that are too high without actually cutting the wages they pay. This adjustment mechanism allows the economy to avoid a large employment cost. At very low rates of inflation and productivity growth, such adjustments are short circuited, and employment suffers.

インフレーションは名目賃金のカットなしに(そして従業員の公平感を損なうことなしに)実質賃金の引き下げを可能とする条件を整え、高過ぎる実質賃金支払いに頭を悩ます企業に実質賃金調整の余地を与える。低すぎるインフレ率は実質賃金引下げの手段を剥奪し、賃金調整機能を麻痺させることで失業率を高める結果となる。ゼロインフレを目標とするディスインフレ政策はその過程で一時的に失業率を高めるにとどまらず、長期的にも(ゼロインフレを維持することは)失業率を高止まりさせる(自然失業率を高める)ことになるわけである。

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インフレによる損失

現実には個々の貨幣賃金の下落をもたらすことなしに、たとえば(効率性の観点から望ましいと思われる)相対賃金の変化を容易にするという点で、低率のインフレーションは、少なくとも時には実際に長所をもつことさえも認めうる。しかし、この長所自身も、それが長所であるのは、貨幣価値に対するある種の信頼に依存している。重要なのは低いインフレ率であるということである。インフレーションが目立つ程度になってくると、ここですでに説明したような効果によって長所は圧倒されるに違いない。(『経済学の思考法』(第Ⅳ章 予想されたインフレーション)、p151)

穏やかなインフレ率=相対賃金の調整を容易にするという議論はアカロフ命題<パート1>と軌を一にするものである。穏やかなインフレ率は効率性の観点から見て望ましい。しかしながら、インフレ率(予想されたもの/予想されざるものにかかわらず)が高率になるにつれ、経済的な損失が徐々に顕著なものとなってくる。高率のインフレーション(特にハイパーインフレーションの場合)により、「貨幣は価値の貯蓄手段としての機能を失い、資源をやむを得ずより不便な形で保有することによって、他の方法で「便宜と安全」への必要性を充たさざるをえなくなる」。価値貯蔵手段として新たな資源を探索することは、非生産的な活動に時間を浪費することを意味し、その結果として経済の効率性を低めざるをえないであろう。また、頻繁に価格を改定せざるをえない高率のインフレーションのもとでは、価格が充たすべき二つの基準―経済効率と公正さの基準―のうち後者の基準を満足することが困難であるために「平静さを害する損失」を招くことになる。すなわち、

不完全な市場では、価格は「契約される」・・・。もし慣例が大いに利用しうるのであれば、すなわち、以前受け入れられたことは再び受け入れられるという仮定で出発しうるならば、(それが公正であるがゆえに)関係する当事者にとって満足しうるように価格を決めるのが、はるかに容易である。・・・持続的なインフレーションの下で行わなければならないように価格を新しくつけかえ、絶えず新しくつけかえ続けることは、損失、直接的な経済的損失と(きわめてしばしば)平静さを害する損失とをまねく。(同上、p150~151)

価格が公正である(と認識される)ためには、その価格が慣習的是認を受けている必要がある。しかし、高率のインフレーションの下では価格が頻繁に変更されるために慣習的是認を獲得するだけの十分な時間的余裕が存在しない。高率のインフレーション下では公正な価格体系を確立することは困難な作業であり、公正な価格体系の確立に失敗することは労働者のモラル低下等による経済効率の低下につながる可能性が大きい(これこれも参照のこと)。

インフレ率が高率になることによって生じる経済的損失としてはもう一点考え得る。

「特定の時点において」、企業活動のバランス・シートを吟味するならば、資産のなかに利子を生まない貨幣のみならず、利子が支払われないような債務〔証書〕が存在していることに気がつく。・・・継続的な顧客が負う債務は、それだけ切り離してみられない。それは、顧客と売り手にとって好都合なやり方で維持するのが両者にとって利益が生ずる継続的な関係の一部である。・・・(すでにみたように安定的なインフレーションにおいて生ずるに違いない)高い名目利子率の下では、無利子の債務に含まれる利子の損失を大きくする。そうでなければ債務者にかける必要のなかった圧力をかけ、債務を早く返済させるよう労を惜しまないことが引き合うようになる。このような圧力をかけることは、労働時間で測りうる実質的な損失である。

・・・もしインフレーションが非常に穏やかな率以上ではあるが一定に保たれるとするならば、金融引締めに似たことが例外的ではなく絶えず生じていることを示しているように思われる。(同上、p152~153)

インフレ率が穏やかな範囲にあるときには相対賃金の調整が容易になることから経済効率が高まることになる。しかしながら、インフレ率が上昇するにつれて経済的な損失が頭をもたげだし、経済効率にネガティブな影響を及ぼすようになる。経済効率と(自然)失業率の間に1対1のパラレルな関係(経済効率の悪化=(自然)失業率の上昇)を想定しうるかどうかには慎重であらねばならないが、ヒックスのこの議論は後方屈折型の長期フィリップス・カーブの存在を指摘するアカロフ・中谷命題と補完的なものとして捉え得るのではないだろうか。

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公平賃金仮説文献目録 ~その2~

公平賃金仮説というか、アカロフ・中谷命題というか、(ある正のインフレ率の範囲内において)負の勾配をもつ長期フィリップスカーブについてというか、・・・とにかくウェブ上で読める(先の3つの議論に関係する)論文を集めてみました(もちろん全部読ん・・・ではおりませぬ。気長にいこうかと)。全部pdf版です。前半(Holden除く)中盤は実証(各国における長期フィリップスカーブのリサーチ)に、後半は理論に重きを置いた論文となっております。アカロフからはじめてトービンで終わらせてみました。見落としている論文もあるかと思います。情報は随時募集しておりますm()m。

George A. Akerlof, William T. Dickens and George L. Perry(2001),“Options for Stabilization Policy: A New Analysis of Choices Confronting the Fed

Pierre Fortin, George A. Akerlof, William T. Dickens and George L. Perry(2002),“Inflation and Unemployment in the U.S. and Canada: A Common Framework

Steinar Holden(2002),“Downward nominal wage rigidity - contracts or fairness considerations

Steinar Holden(2002),“The costs of price stability - downward nominal wage rigidity in Europe

Steinar Holden(2004),Wage formation under low inflation

Steinar Holden and John C. Driscoll(2002),“Coordination, Fair Treatment and Inflation Persistence

Steinar Holden and John C. Driscoll(2003),“Fairness and Inflation Persistence

Steinar Holden and Tore Ellingsen(2002),“Indebtedness and Unemployment: A Durable Relationship

Steinar Holden and Fredrik Wulfsberg(2005),“Downward nominal wage rigidity in the OECD

Stephen Nickell and Glenda Quintini(2001),“Nominal Wage Rigidity and the Rate of Inflation

Francesco Devicienti(2003),“Downward Nominal Wage Rigidity in Italy: Evidence and Consequences

Ernst Fehr and Lorenz Goette(2003),“Robustness and Real Consequences of Nominal Wage Rigidity

Jonas Agell and Per Lundborg(1999),“Survey evidence on wage rigidity and unemployment: Sweden in the 1990s

Per Lundborg and Hans Sacklen(2001),“Is There a Long Run Unemployment-Inflation Trade-off in Sweden?

Christoph Knoppik and Thomas Beissinger(2001),“How Rigid are Nominal Wages? Evidence and Implications for Germany

Christoph Knoppik and Thomas Beissinger(2005),“Downward Nominal Wage Rigidity in Europe: An Analysis of European Micro Data from the ECHP 1994-2001

Charles Wyplosz(2001),“Do We Know How Low Should Inflation Be?

Günter Coenen(2003),“Downward nominal wage rigidity and the long-run Phillips curve - simultation-based evidence for the euro area

Marika Karanassou, Hector Sala and Dennis J. Snower(2003),“The European Phillips Curve: Does the NAIRU Exist?

Seamus Hogan(1997),“What Does Downward Nominal-Wage Rigidity Imply for Monetary Policy?

Allan Crawford and Seamus Hogan(1999),“Downward wage rigidity

Jean Farès and Thomas Lemieux(2001),“Downward Nominal-Wage Rigidity: A Critical Assessment and Some New Evidence for Canada

Jacqueline Dwyer and Kenneth Leong(2000),“Nominal Wge Rigitity in Australia

黒田祥子/山本勲(2003),“名目賃金の下方硬直性が失業率に与える影響― マクロ・モデルのシミュレーションによる検証 ―(英訳版;The Impact of Downward Nominal Wage Rigidity on the Unemployment Rate: Quantitative Evidence from Japan

Allan Crawford and Alan Harrison(1997),“Testing for Downward Rigidity in Nominal Wage Rates

Marika Karanassou, Hector Sala, and Dennis J. Snower(2003),“A Reappraisal of the Inflation-Unemployment Tradeoff

Kenneth J. McLaughlin(2000),“Asymmetric Wage Changes and Downward Nominal Wage Rigidity

Michael B. Devereux and James Yetman(2001),“Menu Costs and the Long-Run Output-Inflation Trade-off

Wai-Yip Alex Ho and James Yetman(2005),“The Long-Run Output-Inflation Trade-off in the Presence of Menu Costs

Thomas I. Palley(2003),“The Backward-Bending Phillips Curve and the Minimum Unemployment Rate of Inflation: Wage Adjustment with Opportunistic Firms

Peter Howitt(2002),“Looking Inside the Labor Market: A Review Article

The Swedish Labour Market,“Causes of Rigidity in Nominal Wages

James Tobin(1972),“Inflation and Unemployment”(American Economic Review, 62)

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